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0001-00-02追跡書誌

追跡書誌

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追跡書誌とは、或る同一文獻について初出誌紙→初收書→所收書改版(文庫化など含む)→他書への再録→著作集・全集所收→……といったやうな異版の履歴を調べてその書誌事項を記したもの。

例へば著書目録等を編む際に通常の編年順の排列だと、後年に同内容の改題書や増補版改訂版等が出てゐる場合、讀者に異版類を把握させるにはそれらへの參照形が作られなければならず、且つ、それぞれ參照されたページを開いて比較するのは異版が多くなるほど面倒になってしまふ。そこで、さうした分散に對し集中(collocation)機能によって一覽性を高めるため、異版類の書誌を諸版それぞれの刊年の位置ではなく初版の書誌の後に添へて列記する形式がある。この附記された初版以後の各版書誌を、特に追跡書誌と呼ぶことがある。

考へ方としては、圖書館學にアナロジーを働かせると目録法上、雜誌タイトルに言ふ「繼續後誌」がやや近いか。曾ての目録カードで基本記入方式における「トレーシング」と言ったのも、tracingは「複寫」の語義だけでなく基本記入を源とする副出記入を「追跡」する意味であったらう。同樣に、初出乃至初版を基點として時系列順にその後の變遷を辿る追跡探尋作業の意味合ひが追跡書誌の語に含まれるやうに思はれる。

但しこの複合語形の用例はまだ見つかってゐないので、廣く認知された通用語とは言ひ難い。他に適切な呼び名があれば言ひ換へるなり造語するなりすべきかもしれない。

0000-00-01近代書誌學

「近代書誌學」の語誌

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初期の用例

この語の早い用例としては、斎藤昌三の『書痴漫談』に見られることを、谷沢永一が指摘した。谷沢は「桝形本」とのみ述べて書誌を記さないが、該當するのは、斎藤昌三談/沓掛伊左吉稿、書痴往来社・峯村幸造發行, 1959.8、『書痴往来』13號特製限定本。その第七章の標題に「近代書誌学について」とある由。

昭和三十三年八月二十八日、神奈川県公共図書館長講習会での講演である。しかし内容は言い古された書物談義に終始する。それゆえ、近代書誌学という呼称を、はじめて用いたのは、或は斎藤昌三であるかもしれないが、昭和三十三年のこの時は、言葉だけが極く便宜的に用いられたのみであって、意味内容は空白であったと言わねばならぬ。

谷沢永一『日本近代書誌学細見』「御案内」(和泉書院、2003.11)p.1

谷澤自身の提言は、『浪速書林古書目録』第十六號「書誌特輯」(1990.12.15)卷頭の鼎談「書誌――作るよろこび 読むたのしみ」に見える發言が早い。末尾に「(一九九〇年九月二十二日)」とあり。既刊の谷澤の對談集には收めず、目に觸れにくいのが惜しいものである。

 われわれが考えているのは、日本近代の著作家あるいは日本近代に関係のある外国の著作家も含めてですが、そういう著作家を材料にするわけだから、ことばはまだ一般に認めてられていないけれども、書誌学を二つにわけで、これを古典書誌学にたいして、近代書誌学と呼んでいいのではないか。古典書誌学は、これは微にいり細を穿って精緻を極めており、もうため息が出るくらいです。近代書誌学は生まれたばかりといってよく、その出発点は、厳密に言えば戦後ではないかと思う。要するに昭和期の産物であって、明治・大正期には近代書誌学はありえなかった。

谷沢永一浦西和彦山野博史「書誌――作るよろこび 読むたのしみ」pp.6-7

「著作家」と言ったのが妙で、蓋し文學者に限らずの意か。

古典との對立

對する「古典書誌學」といふ複合語は、書名だと藤井隆『日本古典書誌学総説』(和泉書院、1991.4)に見られ、ずっと早くより確立した語か。これの變形で自づと「近代書誌學」の稱も導き出されたと思はれる。「古典 classic」と「近代 modern」とを修飾語にして對照するのは「繪畫」「音樂」等でも通用されるターミノロジーではあるが*1、書誌學の場合は恐らく、國文學(=日本文學)における古典文學と近代文學といふ呼び分けに倣った用法に過ぎまい。書誌學が特に文學研究と結びついてきた偏りからして、「近代書誌学」といふ語もそこから意味を類推されることは避け難い。從って文學研究の補助學に留めるかの如き制限的定義も生じ、書誌學は分野を問はず書物全般を對象とする學問であるといふ擴大路線との間に混亂を喚ぶ。これはドイツ18世紀末以降の「文獻學」の沿革、ギリシア・ローマの古典古代を扱った古典文獻學がゲルマン文獻學や近代文獻學や言語學や古代史を分立させながら廣狹の定義の間で動搖した歴史に、相似しよう。文獻學と列んで書誌學との類縁が言はれる歴史學の史料論を見ると、日本史では近世以前の史料は古記録や古文書と呼ばれ、殊に後者について古文書學に對し明治以降を對象とする近代文書學が提唱されることがあり*2、未確立の新興學科ながら、その點むしろ相通じる。一方の古記録とは日記のほか一般の著述・編纂物等を含むものだから、「文書」以外の書物は近代書誌學の領分として殘されてゐると見做せないか。他にしばしば隣接領域とされるのは圖書館學だが、これには古典と近代の二分法に對應するやうな術語が無い理由も考ふべきだらう。まさか「図書館学」が古典で「ドキュメンテーション」や「図書館情報学」が近代と言ふ訣でもあるまい。

定義の試み

日本近代書誌学協会」創立に際してその主導者の一人である山下浩が「「日本近代書誌学」を成立させるために(第一回)」(『言語文化論集』第46號、筑波大学現代語・現代文化学系、1998.1)を發表してゐる。英文タイトルは“The Transactions of the Society for Modern Japan Textual Scholarship”であり、直譯すれば「近代日本テクスト學問協會の議事録」となって邦題が學の樹立を目指すのとは齟齬するが、兎も角もTextual Scholarshipと稱する本文校訂を以て書誌學とする立場に據ってゐることが解る。口頭發表を起した風な文章であり、第二回以降が續かずじまひの未完、協會もその後解散したから、結局、學術團體の裏づけを持った「近代書誌學」の「成立」も未完の試みに了った。

*1:但し「近代經濟學」は戰後日本だけの特殊用法。「古典學派」との新舊對比以上に「マルクス主義經濟學」(マル經)との競合關係にある「近經」であった。佐藤隆三「近代経済学」『日本大百科全書』參照。

*2:岩倉規夫・大久保利謙編『近代文書学への展開』(柏書房、1982.6)、中野目徹『近代史料学の射程――明治太政官文書研究序説』(弘文堂、2000.2)、小池聖一『近代日本文書学研究序説』(現代史料出版、2008.9)等參照。